映画「グリーンブック」を観てきました
本作品は2018年度のアカデミー賞で作品賞、助演男優賞、脚本賞をとっている作品です。
賛否両論あるようなのですが、私は「人の幸せとは何か」という観点から、この作品についてお話したいと思います。
先にお話しますと、映画レビューではないです。
映画を観て、これをどう我々の日常に活かしていくか、の観点での記事になります。
ネタバレも大いに含みますのでこれからご覧になる方や、ネタバレNGな方はご注意ください。
では、先に映画の情報を。
原題「Green Book」
制作年 2018年
制作国 アメリカ
上映時間 130分
配給 ギャガ
監督 ピーター・ファレリー
キャスト
ヴィゴ・モーテンセン
マハーシャラ・アリ 他
第91回 アカデミー賞(2019年)
第76回 ゴールデングローブ賞(2019年)
あらすじ(ネタバレアリ)
舞台は1960年台のアメリカ。
イタリア系移民のアメリカ人、主人公トニー・リップは粗野で下品、無教養でガサツ、お世辞にもお勉強ができるタイプではないわけだが、妙なところで機転の利く賢さもある非常に口の立つオジサン。
美しい妻とかわいい2人の子供を持つ一家の大黒柱、根はいいヤツだが用心棒の仕事をするだけあって少々暴力的だ。
住む地域もNYの下町、どちらかと言えば中の下くらいな庶民の住む街、生活は決して豊かではない。
そんな彼だが、勤めていたクラブの改装で無職に。
そこに現れたのがドクター・シャーリーという黒人ピアニスト。
ホワイトハウスでの演奏経験まである、言うなれば「上流階級」として扱われるような地位も名誉も金もある男である。
白人のトニーからすればその出会いは、正直ビミョー。
黒人差別の激しい時代、決して黒人を良くは思っていない彼が、カーネギーホールの上に住まいを持つ、身分まであるような金持ちの黒人に雇われるのだ。
なんとも皮肉な話である。
ドクター・シャーリーの依頼は、南部地域への演奏公演ツアーの運転手とボディーガードをしろ、というもの。
当時のアメリカ南部は、まだまだ黒人の地位が著しく低い。
黒人が利用できる施設の掲載されたガイドブック「グリーンブック」を手に、2人の2ヶ月に渡る旅が始まる。
演奏に訪れたゆく先々で、黒人差別の現実を知ることになるトニー。
自分の予想以上に悪いその現実をただ淡々と受け入れ、自身の人間としての尊厳を全うしようとする、あまりにもまっすぐな男、ドクター・シャーリー。
全く粗暴でしかなかったトニーは「人としての品格」をドクター・シャーリーから学び、ドクターもまた、人の持ついろんな側面を知って少しずつ柔軟になっていく。
そして、いつしか2人の間に友情が芽生えていくのだ、と。
こんな感じですかね、ザックリだと。
旅を通して友情や人間の成長などが描かれる物語ですよ。
まぁここだけ読むとぶっちゃけ、フツーの黒人差別を訴える映画っぽい感じなのですが。
これがですね、そこまで浅い作品じゃなかったので考察したいのです。
差別は私たちの中に潜んでいる
この作品には、いくつもの差別が交差しています。
表題としてのテーマは確かに「黒人差別」なのですが、実際鑑賞するとあらゆる差別がふんだんに盛り込まれている。
実は主人公のトニーもまた、イタリア人移民としてのアメリカ人なので、生粋の白人アメリカ人からすると実は黒人ほどではないが、彼もまた被差別の対象。
作品の随所に、イタリア系移民を軽く愚弄するような表現や、移民同士寄り添って、社会的に肩身の狭い立場で強く生きようとする結束が見られます。
また、被差別の立場がゆえに自分たちだけの価値観や感覚を身内だけで共有しようと、イタリア語で会話して他の人種には理解できないようにする場面なども。
また、同性愛に対する差別の描写も少々出てくるのですが、ここでも胸が締め付けられるような、彼らに対する悲しい扱いが垣間見える。
どれもこれも、全ての「差別」がとてもとても根が深いのです。
「差別意識の根が深い」と聞くと、なんだか重苦しく、解決の道は遠いように感じられるかもしれないのですが。
根が深かったらじゃあ、どうしようもないのかというと、そうでもない、というのがこの作品のスゴいところで。
差別は確かにある、しかし、そのままありのままを認め、自ら殻を破り、手を取り合うこともできる、という「希望」を見せてくれるのが、この監督の腕のスゴいところかな、と強く感じます。
この作品を見ると、自称「善良な一般市民」が無意識レベルの差別意識を持っていることが非常によくわかります。
「善良な一般市民」コレですが、おそらく私を含め、読んでいただいてる方も自称「善良な一般市民」なのではないかと思うわけです。
気づいて欲しいのはコレ。
「善良な一般市民だったら、人を傷つけるとか、人の尊厳を犯すということはない、というわけではない」という部分に気づいて欲しいわけです。
善良な一般市民だからこそ「悪意」に気づけない
この作品の舞台は先程も話した通り1960年台、人種差別の感覚はまだ彼らにとって「普通」だったのです。
自分で「普通」と思っていることって、疑えないものです。
自分が普通だ、常識だ、と思っているものをあえて疑うというのは非常に難しく、仮に疑ったところで答えが見つからないことも多い。
私たちの多くは、自分のことを普通だ、常識的な生活をしている、法に反したことはしていない、と思っているがゆえに、自分が普段やっていることで実は誰かを深く傷つけていることがあるとか、実は誰かに損益を与えているということに気づけません。
例えば、時間。
時間は見えないですし、人から時間を奪うという感覚はよほどでないと持てないものですが、誰かと話すとか、誰かに自分の書いたものを読んでもらうということは、確実にその相手の時間を頂戴していることになる。
こういった、無意識の略奪を人は皆しているものだ、ということです。
しかし、この記事で言いたいのは決して、無意識の略奪がダメですとか、無意識に差別してるから気をつけましょう、みたいな話ではないのです。
差別が消えることはない
この作品から半世紀以上経っている現代。
もちろん、当時と比較すれば随分人種差別は減りました、減っただけでガッツリ残っていますが。
そして、人種差別だけではなく、あらゆる差別感情はまだまだやまほどあります。
私は差別意識自体は今後もなんらかの形で世界に残り続けると思っています。
差別をなくそう、というのはもちろん、私自身強く願うことですが、世界レベルや社会レベルで常識とされているところにまで深く浸透するものを完全に取り除くには、社会の構造自体を変えるしかないからです。
そして、私たちは、自分の中にある小さな差別意識に気づくことなく「善良な一般市民」として生きるのでしょうし。
しかし、そこではなく、誰もが幸せだな、と思える世界にしていく別の方法をこの作品から学べると強く感じたわけですが。
それは。
世界とは複雑なものだ、シンプルではない
作中、主人公のトニーがドクター・シャーリーに言うセリフ。
「この世は複雑なんだ」
ここに答えが集約されています。
複雑な世界を、私たちは生きていますし、それを複雑じゃないようにしたいと願っている、シンプルな答えを欲しがっている、正しいものと正しくないものをハッキリさせたいと思っているのです。
しかし、どうやっても世界は複雑にできていますし、今更コレを変えることは個人レベルではムリです。
集団になっても資本主義社会という世界の中ではそうそう実現しないでしょう。
だから、最初からこれを答えにするのです。
「そもそも、世界は複雑であり、複雑さに腹を立てず、受け入れてかつ、どう皆が幸せになっていくかを考え抜いて生きよう」
答えが出ないことが世界の本質であり、答えを絶対に出すことが目的ではない。
複雑な世界だからこそ、どう生きようかな、と思考を切り替えることが重要であると。
これが誰もが幸せになっていくために必要な考え方のひとつかと思います。
実際、この作品もこの複雑な世界を塗り替えるような改革など描かれてはいないのです。
複雑さを複雑なままに描いている。
どうしようもないものはどうしようもないままにしているわけです。
じゃあ、一切落としどころはないのか、複雑さに対してモヤモヤを抱えたまま生きるのか、というと、そこではないというのがこの投稿の結論になるのですが。
差別意識よりも人が恐れているものがある
それは、この作品の最後になるほど、明確になっていくもの。
「孤独」です。
実はこの作品、人種差別問題をテーマにしているように見せて、最終的には孤独をクローズアップしている部分がとても強い。
人はなぜ人種差別をはじめとする差別意識を持つのか、なぜ人は暴力に訴えるのか、なぜ人は同族以外を排除しようとするのか。
全ての根底にあるものは、孤独を避けたいとする欲求なわけです。
差別意識が悪い以前に、全人類に共通するこのいかんともしがたい欲求と向き合っていく必要がある。
この作品のラストシーンは本当に感動的です。
その「人は孤独であってはならないのだ」という永遠のテーマに対して答えを見せてくれています。
ここだけはネタバレはせず、どうか劇場でご確認いただきたいと思います。
私たちはたくさんのものを恐れていますし、不安を感じています。
しかし、その根底にあるものは突き詰めていくと孤独なのです。
そして、生き方をほんの少し変えることで、その孤独は消し去ることができる。
孤独のない世界は、今よりずっと平和で美しいものになっていく。
そう希望を見せてくれる作品です。
おわりに
どうでもいいですが、私はネタバレ歓迎派です。
というのは、先に大体のあらすじを知ってから見ると鑑賞中に頭の整理がしやすいのでラクに映画を楽しめるからなのですが。
大抵、映画を観に行く時はあらかじめネタバレサイトなので情報を仕入れてから行きます。
今後も「人が幸せになっていくためのヒント」が描かれた映画や小説など、ご紹介できればと思います。
ところで、主人公役の俳優ヴィゴ・モーテンセン、この映画のために役作りで14キロも太ったとのこと。
恥ずかしながらこの作品を見るまで彼のことを存じ上げなかったのですが、あまりにも素晴らしい演技に、鑑賞後ぐぐりましたら、ドえらいイケメンでいらしたのでビックリですよ。
またこの作品、実話を元にしているもので、トニーの実の息子さんが制作に関わっていらっしゃいます、からの、息子さんも出演されています。
息子さんいわく
「撮影中は、本当に父を見ているようだった」
とのこと、素敵ですね!
そんな意味でも楽しめる、素晴らしい作品だな、と思います。