毒親育ちが人生を取り戻すには?

毒親に育てられた人の多くが「人生を失ってしまった」と思いがちです。

かくいう私もそうでした。

何十年という時間を奪われた、もう私はこの人生を諦めるしかないのだ、と長い間思っていました。

これは本当に苦しいことです。

毒親育ちが人生を取り戻す方法についてお話します。

他にも毒親について書いている記事がありますので、まずはそちらをご覧になってください。

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親に人生を奪われたと思ってしまう

毒親に育てられると、価値観を捻じ曲げられ、なかなか社会に上手く適応することができなかったり、親への対応や感情に振り回されたりするなど、かなりの時間を使うことになるケースが多いです。

そのため、毒親育ちの多くが無力感を感じ、自分の人生を諦めてしまったり、夢を持てなくなってしまったりするところを見てきました。

私自身もそうでしたし。

この苦しさは誰にも理解されない、なぜなら、世の中の普通の親に育てられた人は親が相いれない人間だということを全くイメージできないものだから。

そう考えてしまうものです。

今、私が苦境を脱し、多くの毒親育ちの皆様の相談を受けている立場として、お話したいのは、人生は必ず取り戻せるし、奪われたものを奪い返すこともできる、ということです。

まず、毒親の呪縛から解放されよう

毒親育ちが人生を取り戻すには、まず最初に毒親の呪縛から解放される必要があります。

親の呪縛から解放される方法に関しては他の記事でも書いていますので、ぜひそちらもお読みになってください。

毒親の呪縛から解放される、もしくはされつつある、という状態にならないと、いつまでも虚無感や無力感が付きまとうものです。

私の経験で言うと、毒親の存在があろうがなかろうが、毒親育ちは植え付けられた価値観や感覚を解放しない限り、なかなか自分自身の感覚を取り戻せません。

まずは、植え付けられたものから解放されるのだ、と決意しましょう。

また、解放さえされれば、親の存在があろうがなかろうが必ず精神的な自由は手に入れられます。

実際、私や私のクライアントさんたちはまだ親が存命ですし、どこかに住んでもいますが、親の言動に振り回されない生活ができています。

まず最初にやるべきことはコレだ、と思ってみてください。

自分が思うほど人生は奪われていない

次に、人生はいつも、意識した瞬間からがはじまりである、ということをお話します。

今、進行形で毒親に悩まされている方にはなかなか酷な話に聞こえると思いますし、過去の自分がこれを読んだら「オマエに何がわかる」と絶対に言うと思うのですが(笑)それでもあえてお話します。

人生は連続した時間ではなく、強く意識した瞬間で構成されています。

理解しにくいと思うので、別の言い方に変えると、人生は長さではなく、濃度である、ということです。

毒親育ちは生きづらいケースが非常に多いため、人より多くの苦労を強いられるものです。

が、その分、人より多くの思考を使うため、感受性が非常に豊かだったり、独特な自分の世界観を持っていたりもします。

これは、多くの人が欲しがる「個性」につながるものであり、育てることで人に貢献できたり、人より秀でた才能を発揮できたりするものでもあります。

要は、毒親育ちでない人より、強く有利になれる素質を持っているという言い方ができるのです。

今進行形で毒親に悩まれている人からすると、そんなの言われても全然ピンとこない、と思われるでしょうが、実際問題、毒親育ちがその呪縛から解放された後、大きな飛躍をしているケースはかなりあります。

(芸能人や著名人、作家などにも数多くその例は見られます)

彼らは、自分の主軸が親から自分に移った瞬間から、非常に強い意識とエネルギーを持って自身の人生を開拓しているのですが、そういったことができるのは毒親育ち共通のものと言えるかもしれません。

奪われたと思い嘆いていた時間こそが、燃料となって燃やすことのできるものとなる。

奪われた時間の何倍も濃厚で有意義な人生を始めることができる、ということです。

これは、毒親育ちでない人にはない感覚だと思います。

今は、そうは言っても奪われてるんだからどうにもならない、としか思えなくとも、呪縛から解放されさえすれば、人より何倍も濃度の高い人生を展開できます。

何百人と毒親育ちと会ってきた私の経験から断言しています。

毒親育ちは孤独じゃない

これも強くお話したいことなのですが、毒親育ちは孤独ではありません。

私も毒親に振り回されて悩まされていた時は、途方もない孤独感に気が狂うような経験をしていました。

親から愛されない、所有物のように扱われる、利用される、暴力でねじ伏せられる、こういった日常は自分をとんでもなく孤独な人間に思わせるものです。

自分のような人間は結婚もできないし、理解されにくいから友達も浅い付き合いしかできないし、子供も諦めるべきだろう、子供なんか絶対に作っちゃダメだ、親の犯した歴史を繰り返してしまう、と恐怖にさいなまれながら、精神的放浪の日々を送っていました。

あれ以上の孤独感はなかなかないと思います。

しかし、自ら呪縛から解放される方法を見出し、自立して以降はかなりその見方が変わりました。

というのも、実は世の中、毒親育ちに溢れている、ということが見えてきたからです。

自覚している毒親育ちも、自覚なき毒親育ちもたくさんいますし、進行形で毒親に悩んでいる人も、解放済みな人もたくさんいます。

精神的虐待、肉体的虐待、その両方を受けていた者もたくさんいます。

本もたくさん出ています。

いくつかご紹介しましょう。

さすが、毒親に関する本はタイトルにも毒があって素敵ですね!(笑)

アマゾンで「毒親」で検索すると数多くの本が引っかかってきますが、要は、親からの精神的肉体的虐待に悩む人が多いから、多くの本が書かれるし、買われているということの証拠です。

もちろん、他にも同じような人がいる=孤独じゃない、という意味ではありません。

他に似たような人がいようがいまいが、孤独は孤独なものです、が、しかし。

少なくとも、その苦痛や苦悩、虚無感や無力感を同じように持っている人は自分だけじゃないのだ、ということです。

私自身、当時は「誰にも理解されない」と強く感じていました。

しかし、今ではちょっと違います。

「毒親育ちには理解される孤独感だ」という捉え方になっています。

孤独は孤独だ、しかし、その孤独は理解されるものである。

実際、理解できるからこそこういった記事を書いているわけですしね。

毒親育ちは精神性が高い

少々誤解を生む表現に聞こえるかもしれませんが、毒親育ちは苦労が長い分、精神性が高い、人間性が高い、という共通点があったりもします。

もちろんこれは呪縛から解放された後の話ではありますが、この苦労をしていない人よりも人の痛みがわかるとか、人間という存在の光と闇を知っている、という側面があります。

また、毒親育ちは社会一般の常識的な価値観を知らずに生活しているケースも多いため、その分常識的でないことへの耐性が非常に強い。

意外と知られていませんが、人の悩みの多くは、常識的なものに上手く寄り添うことができないとか、非常識なものに対して極端に強い抵抗感を感じる、などの部分に起因しています。

しかし、毒親育ちはそもそもが常識自体を持っていないケースが多いため、常識非常識そのどちらにも振れることが比較的容易にできたりします。

これは、一般的な感覚からするととても羨ましい性質でもあります。

というのも、悩みや不安の多くは常識や非常識にまつわる感覚に関わることから出てくるものであり、そのどちらにも対応できるというのはかなり有利である、という説明ができるからです。

呪縛から解放されさえすれば、その意味で案外、独壇場になる可能性も高い。

まさに毒親育ちならではの強みと言えるかもしれません。

毒親育ちが夢見る「普通の生活」

毒親育ちはとかく、自分が普通じゃないために、普通の生活にあこがれを抱くものです。

私もかつて、何度も「普通になりたい」と願ってきました。

毒親育ちが人生を取り戻すには、親の呪縛から解放されることが最低条件である、という意味で、一般的な意味での「普通」は確かに望めないかもしれません。

しかし、皆さんが思うほど「普通じゃない」人生は悪くないというか、むしろしがらみや縛りのない素晴らしい日々になると言っても過言ではありません。

社会一般で言う「普通」には予想以上に多くのしがらみや縛りがあるものです。

どうか、毒親からの呪縛から一日も早く解放されて、誰にも真似できない、ご自身だけの人生を強く切り開いていってください。

毒親育ちには必ずそれができます。

ご自身を信じて、精神的自立への道を進んでいきましょう。

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